■２３ 寺と神社 地域社会の精神的支柱(3) [讃岐人の歴史 第２章]
《大寺院の地方経営》
都の大寺院は、多数の僧侶を抱え建物の維持にも莫大な経費を要することから、全国各地に様々な形で経済的な基盤をもっていました。
讃岐国では、法隆寺の庄倉（しょうそう）と東大寺の封戸（ふこ）が、その代表的なものです。 ともに田畑が寺に寄進されたのですが、それが法隆寺の場合は庄倉屋（田畑＋倉＋管理事務所）という土地の形で、東大寺の場合は封戸という人間の集団の形で、それぞれ表されています。 法隆寺の庄倉は八郡一三箇所に点在し、東大寺封戸は山田郡宮処郷・香河郡中間郷・鵜足郡川津郷の三郷全てが充てられました。
法隆寺も東大寺も国家的な寺院ですが、その成立時期が律令国家が出来上がりつつあった時期の法隆寺と、完成後の東大寺とでは、所領の与えられ方が違っていたわけで、そのまとまりといい交通上の利便性といい、東大寺領の方が効率的で優れたものになっています。
法隆寺領の具体的な場所や内容については不明ですが、法隆寺と同じ時期に完成した川原寺（弘福寺）領の様子を伝える史料が、現在残されています（「弘福寺領讃岐国山田郡田図」、さぬき市多和文庫所蔵）。 条里の坪付にもとづき山田郡内の二箇所に領地をもち、その一角に倉と事務所（屋）を置きますが、その土地の全ての徴税権をもっていたわけではなく、土地の人々の田畑や家が含まれており、基本的な経営は地域に任されているようになっています。 また土地の所有は、律令国家により与えられ、保証されているという点で、全くの私有地ではあり得ません。 田図で示された地域は、紀元前からの耕地開発が蓄積されたところであり、北陸のように全くの未開地に大寺院が鍬を入れていくような直接経営は望めないのです。
大寺院の所領も律令国家も、地域の人々にとってはさほどの違いがない「他者」であり、むしろこの二者が地域に影響をもつという、ある種の曖昧な状況が出現することで、それを逆手にとり地域開発を進め自立性を高める道が示されたのかもしれません。 東大寺領の近くで紙（檀紙）・円座・土器・皮革の生産が行われるようになったことも、その一例に加えてよいかもしれません。
《僧侶輩出》
９世紀前半頃には、讃岐国出身の僧侶が畿内各地で数多くの足跡を残します。
中でも空海（７７４～８３５、宝亀５～承和２）は、平安京遷都後の新たな時代に中国密教を持ち込み、その後の日本仏教のあり方に大きな方向性を与えた人物です。 彼の経歴は、多度郡司の家に生まれ、１８歳で平城京の大学寮（中央官僚養成機関）で学び、その年のうちに阿波・土佐の山林で修業し、３１歳で留学僧として入唐し、３７歳で密教僧侶として畿内で活動を開始し、４３歳で嵯峨天皇（在位８０９～８２３、大同４～弘仁１４）から高野山を賜り道場とし、５０歳で東寺を真言密教の根本道場とする、というものでした。
その歩みは、律令国家が地方に植え付けた「文明」の種子が育ち、やがて打ち返す波のように国家のありように影響を与えていくという、国家（中央）と地方の双方向的なせめぎ合いを、そのまま体現しているかのようです。 彼と同じ時代に、讃岐国出身の円珍・実恵・真雅・道雄などの僧侶が密教教団の成立に尽力するという事象ももちろんですが、岡田牛養や讃岐永直・刈田安雄・秦直宗・桜井田部貞相などの学者的な官人が多く出ていることを併せると、このことがより理解できます。
ところで空海は、８２１年（弘仁１２）に満濃池修築の別当に任命され、「わずか三ヶ月あまり」で工事を成し遂げたと伝えられています。 このことから、空海が唐の進んだ土木技術を工事に応用したと理解する向きもありますが、讃岐国には継続的に畿内からの技術支援があったことはすでに述べたとおりです。 また讃岐国司から政府に宛てた文書に、工事の作業員が少なくはかどらないことが述べられているので、作業に多くの人々を動員させ、また結束させる象徴として空海が望まれたことが分かります。
2011-05-04 13:52
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